東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)29号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 本願発明と引用例記載の発明の特徴及び対応関係
審決摘示に係る引用例記載内容は、反射装置に関する部分を除き当事者間に争いがなく、この事実と前記請求の原因二の事実(本願発明の要旨)、成立に争いのない甲第三号証(本願発明の特許公報)、第四号証(引用例)によれば、本願発明も引用例記載の発明も誘電異方性が正のネマチツク液晶(以下「液晶」という。)の電圧印加時と無印加時における光学的効果の差(電圧無印加の時は偏光し、印加時は偏光しない。)を利用したもので、液晶の層を透明な導電性材料の膜により被覆された二枚の透明な平行板の間に設け、その両側に右透明板に平行な位置に各一枚の偏光板を配したサンドイツチ構造と同構造の一部が光を通し他の部分が光を通さないで光学的な像を形成するように透明な各平行板上の透明な導電性材料の膜の間に電位差を設定する装置と右サンドイツチ構造の光の出口側に設けられた反射装置からなり、電圧印加による光の無透過部分と電圧無印加により、第一、第二の透明板を透過する光の反射装置による反射光とのコントラストにより一定の表示を読取らせるデジタルデイスプレイ装置であること、両発明の実施例である別紙図面(一)及び(二)により両発明を対比すると、本願発明の透明伝導材料の膜16ないし30、第一、第二の透明な平行板10、12、偏光器46、48が引用例記載の透明導電被膜17、18、透明平板15、16、偏光フイルター13、14に相当し、液晶物質は両発明とも第一、第二の透明な平行板(透明平板)の間に設けられ(別紙図面(二)第4図はこれを符号20として表示している。)、電位差装置は第一、第二の透明な平行板(透明平板)に設けられていること(別紙図面(二)第4図は透明平板15、16を上下電極板とも称している。)が認められる。
三 原告の主張は要するに引用例の記載中反射装置に関する部分について審決が誤認したもので、引用例の反射装置19には、本願発明の反射装置である第三の透明板50の散乱面52に相当する部分についての記載がないというにある。
1 本願発明の反射装置について
(一) 前掲甲第三号証によれば、本願発明の特許公報には、<1>「この発明の実施にては、ガラス、プラスチツクまたは他の類似材料でつくられる初めの透明板は、偏光型の液晶デイスプレイの二つの偏光器の一方の背後に散乱面を設けるよう一方の面がこすられ、或は砂吹付けがなされる。この透明板の反対側は高反射率を有するアルミニウム、ニツケルまたはクロムの様な金属で被覆される。」(四欄二〇行ないし二六行)<2>「第二の偏光板48の背後には散乱面を形成するよう面52がすられたり(「こすられたり」の誤記と認められる)或は砂吹きされるガラス、プラスチツクまたは他の材料でつくられた透明板50があり、透明板50の反対側は高反射特性のアルミニウム、ニツケルまたはクロムの様な金属で被われる。」(六欄三五行ないし四〇行)、<3>透明板の一方の側の散乱面と、反対側の金属化された反射被覆との組合せ体は、偏光液晶シヤツタデイスプレイの後に置かれるときに非常に大きな角度で光を散乱する散乱反射をもたらす高効率の散乱反射器をなすと共に、また反射光線の偏光をもたらすので、従来の液晶デイスプレイ以上に観察角度の実質的な増大と、コントラストにおける利点をもたらす。」(四欄二六行ないし三三行)との記載があることが認められる。
(二) 右記載と前記二に認定した事実によれば、サンドイツチ構造の出口側にある第三の透明板(反射装置)の一面である散乱面は、同構造と向い合い、同構造を透過した光のうちその表面において反射する光について多方面に散乱させて同構造の入口側へ向かわせ、更に散乱面から第三の透明板に入射し後記反射面で反射した光については散乱面からサンドイツチ構造へ入射するに当たり右同様多方面に散乱させて同構造の入口側へ向かわせ(散乱機能)、また、第三の透明板の他の一面である反射面は右のように散乱面を透過した光全部を同構造の出口側から透過させることなく反射させ入口側へ向わせるが(反射機能)(右反射光のうち散乱面を透過することなく再び反射面に向けて反射した光に対しても右同様の機能を果たす。)、かかる両機能により、観察角度の増大と電圧印加によりサンドイツチ構造中の光を透過しない部分との間で鮮明なコントラストをもたらす効果を奏することになる。なお、右のような散乱機能は、散乱面が第三の透明板の材料であるガラス、プラスチツク又はその他の類似材料の表面をこすつたり、砂吹きしたりすることにより波型又は凹凸状に形成されているため奏せられるのであり、また、反射機能は反射面が高反射率を有するアルミニウム、ニツケル又はクロムのような金属で被覆されているため奏せられるものということができるのである。
2 引用例記載の発明の散乱性反射体について
(一) 前掲甲第四号証によれば、<1>「下部偏光フイルターの背後に設置した散乱性反射体19」(六頁三行ないし四行)、<2>「背後の散乱性反射体は具体的には曇りガラスに銀、アルミ等を蒸着したようなもので、二枚の偏光板13、14による光の吸収で暗くなりやすい表示面を明るくするという優れた効果をもつものである。視野の小さい腕時計表示に欠かせない要因となる。」(六頁九行ないし一三行)との記載があることが認められる。
(二) 別紙図面(二)第4図によれば、散乱性反射体を示す符号19は直接には最下面の太い黒線部分を示しており、右黒線部分と下部偏光フイルター14との間の空間部分(介在部)が散乱性反射体であるか否かは右第4図自体からは必ずしも明らかではない。しかし、前記(一)の<1>の記載によれば、散乱性反射体19は下部偏光フイルター14の背後に直接設けられていると解される。また、別紙図面(二)第4図によれば、偏光フイルター(偏光板)13の上下面、同14の上面はいずれも直線で示されているのに、同14の下面、即ちサンドイツチ構造の出口側にあつて散乱性反射体へ向く側の面のみが波型<省略>をもつて示されているから、右波型は特有の技術的意義を有するものとして表示されているものと解せられるところ、成立に争いのない乙第二、第三号証によれば光学装置において散乱面又は拡散面を図示するに当りこれを右のような波型をもつて描くことが当業者間の技術常識であることが認められる。更に、別紙図面(二)第4図によれば、介在部には透明平板15、16と同様〃印が数個示されているところ、前記のように透明平板は電圧無印加部分の光を透過させる部材であるから、右の〃印は光の透過性を示すものということができる。しかして、前記(一)の<2>の記載によれば、下部偏光フイルター14の背後に設けられる散乱性反射体19は曇りガラスに、銀、アルミ等を蒸着したものであるが、曇りガラス自体は光を透過するものであるから、介在部の〃印は曇りガラス部分を示しているものと解せられる。
以上の事実によれば、引用例記載の発明における散乱性反射体を示す符号19は下部偏光フイルタ―14の下面の波型状の<省略>からその下の太い黒線部分までを指し、<省略>の部分は散乱面を、黒線部分は蒸着面を意味するものと解される。即ち、散乱性反射体は前記のように曇りガラスの一面に銀、アルミニウム等を蒸着して形成されるが、曇りガラスは別名つやけしガラス、すりガラスと称されているように、その少なくとも一つの表面は平滑ではなく波型又は凹凸状をしているから、引用例記載の発明においては、右のうち波型又は凹凸状の面を散乱面として下部偏光フイルター14の下面に接してサンドイツチ構造に向い合う側に配し、他の面を銀、アルミニウム等により蒸着してこれを配して散乱性反射体を形成しているものということができる。
(三) そうであれば、審決の引用例の記載中反射装置に関する部分の認定に誤りはない。
四1 前記二に認定した両発明の特徴及び対応関係と前掲甲第四号証によれば、本願発明の反射装置である第三の透明板の散乱面52、反射面54と引用例の反射装置である散乱性反射体の<省略>をもつて示される面、太い黒線をもつて示される蒸着面が対応し、右の<省略>の面及び蒸着面は前記三、1に認定した本願発明の散乱面及び反射面同様散乱機能及び反射機能を有するものと認めることができる。
2 したがつて、本願発明と引用例記載の発明との間に構成上の差が認められないとした審決の判断に誤りはない。
五 原告は、両発明の同一性は両者の対比のみにより判断すべきものであつて、他の証拠による技術常識を援用して判断することは許されない旨主張する。しかし、明細書は当該発明に関するすべての技術を網羅してこれを説明しているものではなく、出願当時の当業者の技術常識を前提としたうえで作成されるのが通常であるから、特に明細書に記載がなくても、当該発明を理解するに当つて当業者の有する技術常識を証拠により認定し、これを参酌することを禁ずべき理由はない。
また、原告は、審決が両発明が「実質的に同一」であると判断したことをとらえて、特許法二九条の二に用いられていない「実質的」なる文言を使用して、両者の同一性を判断することは許されない旨主張する。しかし、対比すべき複数の発明間において、その構成、これにより奏せられる効果がすべて形式的に合致するということはおよそあり得ないところであり、要は両発明に形式的な差異があつても、その差が単なる表現上のものであつたり、設計上の微差であつたり、また、奏せられる効果に著しい差がなければ、両発明は技術的思想の創作として同一であると認めて差支えないのである。このような場合に両発明が実質的に同一であると称せられるのであり、特許法二九条の二も同条所定の先願発明と後願発明が右の意味で実質的に同一であるときは後願発明は特許を受けることができないとする趣旨と解すべきである。
しかして、引用例記載の発明と本願発明が特許法二九条の二第一項所定の先後願の関係にあることは審決の理由の要点2が摘示するとおりであり(このことは当事者間に争いがない。)、両発明が実質的に同一と認められることは前記四までに述べたところより明らかであるから、特許法二九条の二第一項を適用するに当たり、両発明を実質的に同一であると認定した審決に誤りはない。
六 本願の発明者が引用例記載の発明の発明者と同一でなく、本願出願時においてその出願人が引用例記載の発明の出願人と同一でないことは当事者間に争いのないところであるから、引用例記載の発明と実質的に同一である本願発明は特許法二九条の二第一項により特許を受けることはできない。
七 よつて、審決は正当であるから本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
透明伝導材料の膜によつて選ばれた部分だけが被覆された第一、第二の透明な平行板の間に設けられるねじれネマチツク液晶物質の層と、この液晶物質の層の両側にあつて入口側から入つた光線が出口側へと通過できるサンドイツチ構造を形成するよう該板と大体平行に延びる偏光器と、該サンドイツチ構造の一部が光を通して他の部分が光を通さずに光学的な像を形成するように該各板上の膜間に電位差を設定する装置と、該サンドイツチ構造の出口側に設けられて液晶物質を通る光が入口側に戻されるように反射できる反射装置とを備え、該反射装置は該サンドイツチ構造と向い合う側に散乱面を、他方の側に反射面を有する第三の透明板から成つている液晶デイスプレイ。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
<省略>